林 基弘の
「至高の定位放射線治療を目指して」
Metastatic
brain tumors
転移性脳腫瘍
準備&コンセプト
転移性脳腫瘍とは、脳の外からがん細胞が転移して脳内に着床する脳疾患。成長の過程で、被膜様構造物を伴いながら周囲へ圧排性にスピードをもって成長していく。3か月もあれば3センチ近くにまで達するほどだ。通常は塊として成長する「充実性」、一方で腺がんなど腫瘍壁内部に分泌物を産生して成長する「のう胞性」の2つのパターンがある。

いずれにしても、定位放射線治療により腫瘍は著明に退縮し、完全消失してしまう症例も少なくない。一方で、臨床上問題となるのは、腫瘍そのものというよりは、実は「脳浮腫」の有無と程度であり、麻痺・言語障害・てんかんなどの発症原因となっている。

定位放射線治療は高線量照射であるため、「浮腫」の悪化を伴いやすい。つまり、患者QOLを下げずに治癒せしめるかは、「浮腫」への過照射を最大限減じ、悪化させずに改善の方向に如何に向けるかに掛かっている。
使用MRI撮像条件は、T2 axial像(2.0mm slices)、造影T1 axial像(1.0mm slices)をいずれも全脳範囲で撮像(240 images以上)する。直径30mm以下の腫瘍であればSRS、それ以上であればSRTを照射方法として選択する。まず造影T1像にて基本8mm径の球状照射野を優先して用い、治療コンセプトとして「Conformity(余すことなく囲いきる)」を「Selectivity(形状に正確に囲う)」より優先させている。なぜならば、悪性腫瘍ゆえ周囲脳組織へ数ミリ程度の細胞浸潤を伴っているからだ。

しかし、高度浮腫合併例ではどこまで照射すべきか判断が難しい。そこで私たちはT2像を用いて、浮腫発生部位(=浮腫のへそ)を3次元的に見つける努力を行い、できる限り過照射を防いでいる。浮腫が強ければ強いほど、造影T1像にて「染み出し」現象が認められ、腫瘍本体と見間違って照射してしまう可能性がある。そういう症例こそ実はT2像との比較が有効となっている。

実際

&ピットホール
転移性脳腫瘍における
治療計画の実際
つの疾患
大きな充実性転移性脳腫瘍症例
(大腸がん)
本来であれば外科手術適応にある。しかし、末期担癌患者における片肺伏臥位での全身麻酔下後頭開頭は手術リスク自体が極めて高く、本学ハイリスク会議にて多くの議論が出し尽くされたが、最終的にあきらめざるを得ない結果となってしまった。その間、腫瘍はさら長径40mmにまでに増大してしまい、当時のガンマナイフ(フレーム固定SRSのみ)の治療適応からも外れてしまう羽目になってしまった。その時に、患者ベッドサイドにて、いまの気持ちと本音を傾聴することにした。最終的に、患者の意思に沿い、策を講じて定位放射線治療を行うことを決意した。

高線量一括照射にて腫瘍成長制御に必要な線量で照射すると脳浮腫発生の可能性が高まり、一方で後遺症を考慮して線量を落とすと腫瘍成長制御が叶わなくなる。現在のアイコンやエスプリ機種による寡分割照射(1回毎の線量を落とし、回数を重ねることで必要線量に達して完遂)がこのジレンマを唯一解消できるのだが、当時はサイバーナイフ施設に依頼紹介し行うしかなかった。しかし、全身状態が悪く、転院困難なためこれも不可となってしまった。そこで、芹澤・樋口らが当時学会で成果報告をしていた、10日間毎の3回SRS(毎回フレーム固定必要)が有効と知り、自身初めて同法による「ガンマナイフSRSによる寡分割照射」を自らの判断で行った。結果として、腫瘍は3か月で著明縮小。合併症としての脳浮腫悪化はむしろ改善し、後に患者は無事に自宅退院を果たした。

その後、原発がんにてお亡くなりになってしまったが、最後まで本人は自分の意思と言葉で生活を全うすることができ、家族とも貴重かつ有意義な時間を持つことができたと後日ご家族より感謝の手紙を頂いた。出来ないではなく、傾聴して患者人生と気持ちを鑑み、治療として実践する。本症例治療はまさに私自身への挑戦でもあったが、一方で私の定位放射線治療の真骨頂であると思うことができた貴重な治療経験であった。
巨大のう胞性転移性脳腫瘍症例
(乳がん)
腺組織(乳腺)由来であることから、このように実質(=腫瘍細胞)成分は外側の膜(被膜)の中にのみ存在するのみで、照射すべき実際の腫瘍体積はかなり小さい。一方で、腺癌細胞にて作り出された分泌液(のう胞)が非常に多量となっており、本腫瘍の大方を成している。実際このような腫瘍に対する有効な照射計画は難しい。のう胞内用液へどうしても高線量となってしまい、肝心の腫瘍細胞へはターゲットの端に存在するため、最も低い線量域での照射となってしまう。

通常は、尖頭術にてオンマイヤバルブを留置し、のう胞液を吸引する。その後、腫瘍体積が小さくなったところでSRSを行うというのが一般的な手法として取られてきた。しかし、手術・放射線治療・化学療法・そして再発・脳転移・・とここに至るまで幾多の手術と治療を行ってきた結果での脳転移であるため、脳外科医にとってシンプルな手術であっても、患者サイドからすれば体力や気力的にきつい。「手術しないで済むならば」こそが本音である。

そこで、私は”Donut’s like radiosurgical technic”(論文参照)と称し、腫瘍被膜のみを小さめのアイソセンターで余すことなく捉えて照射加療を行うことを実践してきた。線量勾配としては、まるで阿蘇の外輪山を思わせるような、腫瘍被膜には高く、のう胞壁部はそれなりにという照射方法を開発し実践してきた。そして、本症例は術後3か月で、後遺症なく著明腫瘍縮小へと至った。他の症例もほぼ同様の結果を得ている。
超多発転移性脳腫瘍症例
(乳がん)
通常は全脳照射しかないとがん主治医から言われる状況ではあったが、患者は脱毛・将来的な認知機能障害の可能性を嫌い何もせずにいてしまった。しかし、構語障害など小脳症状が出始め、その段階で紹介を主治医より受け、患者の本音を傾聴した。「いつまでも元気にゴルフをしていたい!」と。それであれば左小脳半球病変と脳幹病変の最も低侵襲かつ早期に定位放射線治療の介入が必要であることを説明した。

私は多発脳転移に関しては常々、「絶対適応」と「相対適応」とに分けて考え、患者に説明し納得頂いてから治療を始めることにしている。本症例の場合、左小脳半球病変と脳幹病変が治療絶対適応となっていた。しかし一方で、両側小脳半球にまたがる形で、個数とかなり大きな体積を占めるのう胞性病変が混在。一揆的にSRSにて、全病変を照射してしまった場合に、放射線障害を伴い、脳圧亢進・意識障害・脳ヘルニア・・と一気に悪化する可能性のある状況。そこで、このような症例に対しては、以前から“Skip treatment”と称し、敢えて優先して行う腫瘍と1か月経ってから後発的に行う腫瘍を、照射ターゲットそのものが隣同士で隣接しないように「スキップ状」に選定し行っている。一つに大きく見えていた左小脳半球病変も、実は2つの腫瘍からできていたことも判明し、すべてSRS治療で行うことができた。

術後3か月フォローMRIにて、全腫瘍の著明な縮小および合併症としての浮腫を認めることなく「完治」。その後、患者はゴルフ場にて以前よりも好スコアを叩き出せるようになったと聞き、まさに「治癒」を迎えることができたと嬉しそうに外来で話していた。
巨大充実性転移性脳腫瘍症例
(肺がん)
特色として、かなり大きな腫瘍がテント下・右小脳半球部に発症し、前医にて外科的摘出を行った。しかし、2か月で上左図のごとくほぼ元通りの大きさまで再発してしまった。つまり、脳転移の中でも極めて悪性度が高いものと判断した。私への紹介時点で長径はすでに45ミリあり、再手術の希望がなかったことから、寡分割照射による治療必要と判断した。右小脳半球圧迫度強く、脳幹(延髄)に近接しているため、「高精度・高収束・高線量率」を誇るZAP-Xによるmicro-SRT(顕微鏡レベルの詳細SRT)がベストであると考え、女子医大から宇都宮脳脊髄センターシンフォニー病院へ依頼した。ZAP-X治療計画はまだprematureであると言わざるを得ず、基本は誰でも使える「自動計算システム(Inverse plan)」での治療計画が主で行われている。

しかし私はまず使わない。なぜなら、周囲正常組織への過照射の可能性もそうだが、一番は内部線量の均一化がシステム上出来ず、腫瘍成長制御のための納得の行く照射計画がまだ作れない。そこで私は開設以来3年間、一環としてForward Plan(ガンマナイフのようにすべて手と目で行うmanual settingで全てのアイソセンターを配置し照射形状を作成)にてこだわりの治療計画を実践してきた。

本症例における脳腫瘍は術後3か月でほぼ消失、6か月で完全消失。しかも危惧していた放射車線傷害による脳浮腫が一切見られていない。実は余命1か月というフレコミで、私の元に最初いらしたが、もうすでに1年経過し元気はつらつとされている。

転移性脳腫瘍に対する治療計画は、以後他項で解説している良性疾患に比べると、講じるテクニックはさほどないと言える。一方で、患者の本音を傾聴し、共に患者人生に伴走すべく、「想いを形にする」治療であると考えている。定位放射線治療とは「絶望の淵から希望の扉へ誘える」治療であり、そこが果たされて初めて「至高の治療計画」となるのだと確信している。「木綿のハンカチーフ」で有名な歌手・太田裕美さんも、オフィシャルHPにてプレスリリースし定位放射線治療の実感を伝えて下さっている。

https://www.sonymusic.co.jp/artist/HiromiOta/info/562892
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